NBSの連載小説 第二弾
Episode4 統括防火管理者(1月某日・晴れ)
「これやらなかったらどうなるんですか」。僕がそう聞いた瞬間、その日終始感じの良い笑顔を浮かべていた年配の消防官の顔が、真顔になった。笑顔が怖いと思っていたがそれは、間違いだった。真顔はもっと怖かった。「指導に従わないと警告を発します。次は、命令を行います。最終的には公表、告発と、こういう状況まで行きます。特にこのビルは、子供さんが通う塾や診療所などもある訳ですから、多数の人の生命の安全に対して支障があると判断した場合は…」そこで、ふっともとの笑顔にもどり、「ま、そんなことにはならないでしょう。僕さん?」と言って帰って行った。僕が心底震え上がったのは言うまでもない。
残されたのは、立入検査結果通知書。その「×」印の数に僕は茫然とするしかなかった。
改善計画を出すと言っても、一体どこから手をつければいいのか…。僕には見当もつかない。
デスクに戻って頭をかかえていると、内線電話が鳴った「僕ちゃん?ちょっとあがってきて」社長だった。さっきまでは姿が見えなかったのに、どうやら社長室に戻ってきたらしい。このビルをリフォームをしたことで、「未警戒」の部屋ができてしまったことを社長に報告しなければならない。僕は、目の前の立入検査結果報告書をつかむと暗い気持ちで社長室に向かった。
社長は、穏やかな顔で、デスクに座っていた。もっともこの人が、目くじらをたてたり、打ちひしがれたりしたところを見たことはない。いつも穏やかでありながら、何かを楽しんでいるような表情を浮かべている。そう、まるで、満ち足りた子供のような顔だ。
社長は僕の報告を一通り聞くと。「ふぅ~ん」とまさしく子供のような返事をしてにっこり笑った。
「社長。笑いごとじゃないですよ。これに従わないと、このビルが使えなくなる可能性もあるんですよ。こんなにたくさんやらなければいけないことがあって、一体どこから手をつけたらいいやら…。それに私のせいでもありますが、消防設備が未設置のテナントもありますから、工事やらなにやらで、費用もだいぶかかりそうです。このビルは、社長の所有なのですから社長に責任が及ぶと思うと…」焦る僕の話を、社長は平然と聞いている。そして、口を開くと恐ろしいことを僕に言ったのだ。
「お金のことはいいよ。知らなかったんだし、あんたに任せたことで、テナントさんも入ってくれたんだからね。必要な工事や点検は、いい会社を探してやってもらって。大事なのは、このビルをまっとうなビルにしていく。それを誰が責任持ってやるのかじゃない。ちょっと調べたんだけど、所有者が防火管理者ってのを選ぶと、その人が「統括防火管理者」ってことになるんでしょ。この書類の一番最初に書いてある『防火管理者未選任』ってとこ。これは、もう大丈夫だわ。選任するから」。「へ?」とてつもなく嫌な予感が僕を襲う。
「僕ちゃん。あなたが、統括防火管理者ってこと」。(やっぱりぃぃぃぃぃ~)
統括防火管理者とは
ビル所有者が中心となって防火管理を進めていくためには、所有者の意向を各テナントに十分に伝達することができるように、ビル所有者が選任した防火管理者が統括防火管理者になることが必要(ビル所有者など管理権原者が自ら統括防火管理者になることも可能)。
統括防火管理者は、各テナントの防火管理業務に積極的にかかわり、より効果の高い防火管理体制をつくって行く。
また、「建物全体の消防計画の内容」にあげた項目を中心に消防計画を作成し、ビル所有者の指示に従い、ビル全体の管理を積極的に推進する。
【統括防火管理者に必要な資格】
防火対象物の規模に応じて、その防火対象物の防火管理者となるべき資格を有すること
【統括防火管理者に望まれる地位と権限】
◇ビル全体を掌握し、防火管理業務全般について各テナントを指導・監督するにふさわしい地位と人格を
有すること
◇ビル全体の防火管理に関する知識、技能に加え施設管理や災害時の危機管理など専門的な知識を
身につけていること
◇共同防火管理協議会でビル全体を統括するために必要な事項について権限が与えられていること
【統括防火管理者の仕事】
◇ビル全体の消防計画を定めた協議事項の作成及び変更
◇工事中の安全対策の策定
◇火気使用制限場所の指定等 各テナントの防火管理者等に対する指導監督
◇定期的な消火、通報、避難訓練及び震災に備えた訓練の実施
◇協議会構成員等への報告・助言
■このコンテンツは、NBS取引先の不動産会社、防火管理者の方、テナントの方のアドバイスを受けて制作しています。
物語はフィクションであり、より内容の濃い情報を提供するため、防火管理者の活動をデフォルメしています。ご了承ください。