NBSの連載小説 第二弾   僕シリーズについて

 

Episode 1   消防署からの電話(1月某日・雨)

防火管理者になった僕 1月のある晴れた日の朝、その電話はかかってきた。1月中旬から2月末は、不動産業界の繁忙期。朝からひっきりなしに鳴る電話のベルが、忙しい1日になることを物語っていた。
「お電話ありがとうございます。駅前不動産です」さわやかな営業スマイルを浮かべながら電話をとったわが社の紅一点”マドンナ”の顔が、瞬時に真顔になったのを、僕は他の電話に出ながら他人事のように眺めていた。賃貸物件を管理していれば、騒音やごみの出し方など入居者のマナー違反や設備の故障など、さまざまなクレームの電話もかかってくる。「きっとそんな電話のひとつだろう…」僕は気にもとめずに電話の相手ににこやかに返事をした。
 「かしこまりました。次の土曜日ですね。何件かご希望に合うお部屋にご案内いたします。はい。10時30分ですね。お待ちしております。お電話ありがとうございました」電話に向かって頭をさげ、振り向くとマドンナがそばに立っていた。「僕さん。2番にお電話です」そう言って、そっとメモを渡してくる。店内では、わが社の若手のホープ”新人君”が接客中。お客さまに聞かれてまずい内容は、こうしてメモを渡すことになっている。必殺スマイルでどんなトラブルもものともしないマドンナが、電話をまわしてくるなんて、いったいどんなトラブルなのか…メモには、「消防署より。責任者と話したいとのこと」と、その内容にそぐわないマドンナの丸い字で書かれていた。

防火管理者・立入検査 子機を持って、店舗の奥の給湯室に引っ込み、点滅している「外線2番」のボタンを押すと、僕はいつもより更に感じよく電話の相手に話しかけた。目の前で、マドンナが買ってきたばかりの、やたらと大きいレトロなアルミのヤカンが鈍い光を放っていた。
「お待たせして、申し訳ありません。僕と申します。どういったご用件でしょうか?」
「お仕事中たいへん恐れ入ります。○○市消防本部のAと申します。」…僕よりも上手を行く愛想のよさに、いやな予感がする。「実は、明後日、御社所有の『駅前テナントビル』の立入検査に伺わせていただきたいのですが…」。愛想の良さの陰に、有無を言わさぬ意思がこもる口調だった。
「あ、あの…どういったことでしょうか…」不安におびえる僕の顔が、これからはじまるすったもんだを暗示しているかのように、ヤカンの球面にゆがんで写っていた。

■このコンテンツは、NBS取引先の不動産会社、防火管理者の方、テナントの方のアドバイスを受けて制作しています。
物語はフィクションであり、より内容の濃い情報を提供するため、防火管理者の活動をデフォルメしています。ご了承ください。