NBSの連載小説 第三弾 僕シリーズについて
epilogue 第三者の視点
あれから、僕は半年に一度、点検の度に前職の社長に会っている。
生死を彷徨い、生きのびた人間というのは実に逞しい。かつての経営経験と僕らからむしり取って築いた資産で、後継者がいない経営難の寺を立て直し、ちゃっかり副住職に就任。かつてのセレブ時代の功罪を切々と解き、病に侵され死に行く間際に仏を見出だして、今はいただいた命を仏教に捧げながら生きているという、涙交じりの講話の受けが良く、英語字幕つきでYouTube発信。坊さんユーチューバーとしてのじわじわ人気が上がっている。
最近、僕が消防設備士という世の中に役立つ職業につき、幸せを人生に迎え入れることができたという講話もはじめている。その話では、僕の前職での過酷な労働環境が赤裸々に語られる。当時は知らぬふりを決め込んでいたくせに、まったく、逞しい限りだ。
しかし、第三者の視点で語られると、僕の人生の選択は決して間違いではなかったと確信することができる。そして、この副住職となった社長の人生の選択も間違ってはいないだろう。顔に張り付いた満面の笑みは昔と変わらないが、確実に変わった瞳の奥がそれを物語っていた。
「僕のお父さんは消防設備士です。火事になった時にみんなを逃げやすくしたり、火が小さいうちに消火ができるように、消火器を点検したりしています。
お父さんは、会社の人たちに『このビルで火事が起きたらどうなるか、それを思い浮かべて点検をしなさい』と言っていました。点検を済ませるのが仕事ではなく、点検をして安全を守るのがお父さんの仕事だからです。僕は、お父さんみたいな消防設備士になりたいと思います」
第三者の視点で語られる消防設備士という職業は、涙が出るほど美しい。これからも、その責務を果たして生きたいと思う。息子に恥じぬように。
■このコンテンツは、特定のスタッフを描いたものではなく、全員の経験をもとに書き起こしたフィクションです。NBSの社風に関しては、かなり忠実に描いています。