NBSの連載小説 第二弾

 

Episode11 防火管理者にならないか!(3月某日・晴れ)

駅前テナントビル第一回共同防火管理協議会(4階のWEB制作会社の女社長が言うところ「河豚の日」)まで、僕は比較的穏やかな日々を送ることができた。「穏やか」とは言っても、不動産業界は年間最大の繁忙期の最後のピークを迎えていた。4月からご入居を希望されるお客さまが、部屋を探して駆け込みで次々と現れるかと思えば、退居される方の手続きなどもあり、お部屋の案内に、原状回復の手配にと、とても忙しかった。しかし、毎年繰り返してきたそんな自分の仕事に、つかの間ながら集中できることに、僕は、新鮮な喜びを見出していた。そうだ。僕の本業は統括防火管理者じゃない。不動産営業マンなのだ。

 そんな充実した日々もあっという間に過ぎ去り、WEB制作会社の女社長が「取りに来て」と言った「河豚の日」の前日がやってきた。約束の11:30分きっかりに、僕は彼女の事務所のドアをノックし、恐る恐る中を覗き込んだ。前回の経験から、「今回もまた尋常ではないものを目にすることになるかもしれない」とうすうす予感をしていたが、やはりその日も僕を待ちうけていたのは度肝を抜かれる光景だった。ドアを開けた僕の視界に真っ先に飛び込んできたのは、前と同じように脱ぎ捨てられたハイヒール、その傍らに女社長はこちらに背中を向けて立っていた。防火管理者になった僕片方裕に5KGは超えるかと思われるダンベルを持って…。
「…!…!…!…!」
声もなくダンベルを上げる女社長。そのたびに二の腕の後ろや背中の筋肉が隆起するのが、服の上からでも見て取れる。彼女なら消火器の2本や3本、片手で楽々と運べるに違いない。
「あの…」
「…!あ…!僕…!さん…!あっち…!」と、女社長は、手を休めないまま、片手のダンベルをブンッ!と言わせて壁を指した。
そこには、僕が作った「防火管理者選任のお願い」とは、まったく違ものが貼ってあった。

「こ…これは…」、あまりの出来栄えにあとの言葉を続けることができない。
人気アイドルと見まごうばかりの塾のイケメン講師のドアップ写真が、思いつめた目でまっすぐにこちらを見ていた。その胸のあたりに「君のことを守りたい…」のコピーが印象的に配置してある。右下に「駅前学習塾防火管理者/●●●●」の文字。そしてその下が募集要項になっていた。その文言がまたすごかった。

防火管理者になった僕いわく「各テナント1名限りの募集となります。希望者が複数の場合は、話し合って1名を選んでください」、「防火管理者講習を受けて資格を取得できます(転職の際も有利です)。」、「防火管理者同士親睦を深める機会があります。」などなど、すべてが強気&ポジティブ。
「どう?」トレーニングを終えた女社長がいつの間にか、隣に立っていた。あれだけのハードワークを終えた後なのに息ひとつ乱さず、しかもタバコをくわえている。
「す…すごいです」いろんな意味を含めて僕は応えた。
「あたしはさ、きれいな男は好みじゃないけれど、きれいな男が好きな人はたくさんいるじゃない。女も男もね」。地下のバーのマスターのこともお見通しらしい。恐るべき情報収集力。僕の「何か」も知っているんじゃなかろうか…急に落ち着かない気分になった僕は、一刻も早く退散したくて、壁のチラシに手を伸ばそうとした。
「それはそこに置いといて。うちの事務員が気に入ったみたいだから。あとで何枚かプリントして持って行かせる。」
「あの…そこまで甘えてしまっていいんでしょうか?せ、制作費は…」
「いいって。明日の河豚代のかわりに取っておいて。」
え…ええ?なんて?ひょっとして、共同防火管理協議会に来てくれるの!

消防豆知識

防火管理者を選任しなければならない防火対象物とは

消防法第8条の規定により、一定基準以上の建物の管理権原者(所有者,管理者,賃借人など)は、防火管理の推進責任者である防火管理者を選任し、消防計画を作成させて消防署長に届け出なければならない。
防火管理者を選任しなければならない建物は、建物の規模・使用状況により「甲種防火対象物」と「乙種防火対象物」に分けられる。

◆防火管理者の資格
防火管理者となるには,「防火管理講習」を受講して,資格を取得しなければならない。講習には、「甲種防火管理講習」(2日)と「乙種防火管理講習」(1日)があり、「甲種防火対象物」の防火管理者になるには、「甲種防火管理講習」、「乙種防火対象物」の防火管理者になるには「乙種防火管理講習」(甲種でも良い)を受講する。
※公民館・遊技場・飲食店・店舗・ホテル・病院など不特定多数の人が出入りする防火対象物(特定防火対象物)のうち、収容人員が300人以上で甲種防火対象物の防火管理者(甲種防火管理講習を修了した者)は再講習の受講が必要。

 

◆防火管理者を選任しなければならない建物

建物の用途
収容人員
延べ面積
建物種別
飲食店・物品販売店舗・ホテル・病院など 不特定多数の人が出入りする用途(特定用途)または,特定用途を含む複合用途※
30人以上
300㎡以上
甲種防火対象物
300㎡未満
乙種防火対象物
事務所・共同住宅・工場など,主に決まった人しか出入りしない用途(非特定用途)または,特定用途を含まない複合用途※
50人以上
500㎡以上
甲種防火対象物
500㎡未満
乙種防火対象物

※複合用途……建物が2以上の異なる用途に使用されているもの

◆管理権原者が複数の場合
防火管理者を選任しなければならない建物に、複数のテナントが入っている場合など管理権原者が複数の場合は、そのテナントごとに防火管理者を選任し消防計画を作成する。

●甲種防火対象物で管理権限者(テナント)が複数の場合の防火管理者の資格(僕のケース)

管理部分(テナント)の用途
収容人員
必要資格
飲食店・物品販売店舗・ホテル・病院など 不特定多数の人が出入りする用途(特定用途)または,特定用途を含む複合用途※
30人以上
甲種防火対象物講習
30人未満
乙種防火対象物講習
事務所・共同住宅・工場など,主に決まった人しか出入りしない用途(非特定用途)または,特定用途を含まない複合用途※
50人以上
甲種防火対象物講習
50人未満
乙種防火対象物講習

●乙種防火対象物で管理権限者(テナント)が複数の場合の防火管理者の資格

管理部分(テナント)の用途
収容人員
必要資格
特定用途および非特定用途
問わず
乙種防火対象物講習

※乙種防火対象物講習は、甲種防火対象物講習でも良い。

■このコンテンツは、NBS取引先の不動産会社、防火管理者の方、テナントの方のアドバイスを受けて制作しています。
物語はフィクションであり、より内容の濃い情報を提供するため、防火管理者の活動をデフォルメしています。ご了承ください。