NBSの連載小説 第二弾
Episode5 救世主を探して…(2月某日・晴れ)
ビル所有者である社長から、統括防火管理者に任命された僕は、「必要な工事や点検は、いい業者を探してやってもらって」との、最初のミッションを果たすべく、早速「いい業者」探しに取りかかった。
我が駅前不動産で管理している物件は、そのほとんどが、社長の一族所有であるとはいえ、中にはそこそこの規模の賃貸マンションもあり、消防設備会社とのつきあいがない訳ではない。僕は、真っ先にその会社に連絡をしようとしたのだが、我が社の紅一点”マドンナ”の「本当にあの会社で大丈夫かしら…」の一言で、思いとどまることのなった。
「融通が利き、価格が安い」。それだけが、その業者を選んだ理由だった。入居者の入れ替えを効率的に行い、空き室をできるだけ作らないことと同時に、賃貸経営にかかるコストをできるだけ抑えることも、僕の仕事。安くやってくれる、丸投げでやってくれる、そして、あんまりうるさいことは言わない…「これほど使い勝手がいい業者はない」と思っていた。そう、自分が防火管理者になるまでは…。
マドンナは、僕に「店長」以外の新しい役割が加わることを知るや否や、彼女の必殺ネット検索技を駆使して、頼みもしないのに、防火管理者の法的な責任などを調べては、「防火管理者が実刑になった火災もあるんですねー」などと、僕にプレッシャーをかけてきたりしていた。
明らかに防火管理体制に不備があることを知りつつ放置していた建物で、火災が起き、犠牲者が出た時は、僕のような統括防火管理者だけでなく、その業務を防火管理者に一任していた「管理権限者」(我が駅前テナントビルの場合は社長)にも、刑罰が及ぶらしい。「人の命」に関わることだから、当たり前の話ではあるが、万が一のときは、あの愛すべき無垢な我が社の社長が、逮捕、実刑、刑務所入り…囚人服になぜかいつもの蘭の花柄のネクタイをつけた社長が、格子窓の向こうでうなだれている姿が瞼に浮かび、僕は、あわてて頭を横に振った。そ…そんなことはできない。なんとしても、社長を守らなければ。
にわかに、消防設備工事や点検の「質」が気になりだした僕は、今までの業者ではないところを探すことにした。工事・点検はもちろんのこと、防火管理に関して適切なアドバイスをしてくれる会社、そしてなによりも信頼できる会社…。出入りの内装会社、知り合いの不動産屋、駅前テナントビル4階に入居している設計事務所などにもあたったが、話だけではどうも実態がよくわからない。イエローページで探しても、情報が少なすぎ、どこを選んでいいやら判断ができない。
そこで、聞いた業者やイエローページで探した業者のホームページを片っ端から見て行ったが、これが意外と時間がかかり、いつの間にか僕は、閉店後の店舗で、ぶつぶつ独り言を言いつつ、充血した目で、一人、モニターに向かっていた。本業ならいざしらず、成績になる訳でもない仕事を、部下が手伝う筋合いはない。それは十分にわかっているつもりだが、中間管理職の孤独さが、冷えとともに、足もとから這い上がって、心がどんどん悲壮感に満たされていった。時は、2月、店の自動ドアに、冬の月がやけに冴え冴えと映っていた。
管理権限者とは
管理権原者は、防火管理業務上の正当な権限を持った方をいい、防火管理者を選任して防火管理上必要な業務を行わせなければならない。また、管理権原者は防火管理に関する根源的な義務と責任を負う。
消防法で防火管理が必要な防火対象物で、その対象物に複数の管理権原者がいる場合は、その全ての管理権原者が防火管理を行わなければならない義務者となる。 管理権原者の防火管理責任は、防火管理者を選任することによって免責されるものではなく、選任後も防火管理者を指揮監督する義務がある。
■このコンテンツは、NBS取引先の不動産会社、防火管理者の方、テナントの方のアドバイスを受けて制作しています。
物語はフィクションであり、より内容の濃い情報を提供するため、防火管理者の活動をデフォルメしています。ご了承ください。