NBSの連載小説 第一弾

Episode 11 備えあれば憂いなし(9月某日)

防災訓練の翌週は、防災備蓄品の入れ替えと、防災用品の保守点検が行われた。僕の団地には、防災用倉庫というよりは物置があり、災害時に使う非常用トイレや発電機、ラジオ、メガホン、電池、救急セット、組み立て式の担架、懐中電灯、ロープ、工具、ホースなど、様々な物が納められている。いざというときに故障などで使えないといけないし、救急箱の薬品や電池など、使用期限があるものもあるため、年に一度、大掃除もかねてその中身をチェックし、機能点検や入れ替えを行うのだ。
 この作業は、業者さんだけに任せるのではなく、中にどんなものがあるのかなどを、一人でも多くの人に把握してもらうため、都合のつく理事や自治会の役員もできるだけ参加する。という訳で、日曜の朝、防災倉庫に行くと、すでに数人の人が手持ち無沙汰そうにに立っていた。
 前に理事会などで発言したり仕切ったりする様子に、社会での顔が見え隠れすると書いたが、みんないっしょに作業したりする時には、こども時代の顔が見え隠れすることがある。掃除の時間や文化祭の準備などで、みんながせっせと作業しているのに、ずっと遊んでいるやつがいたが、まさに副理事長がそれ。ロープを伸ばして、巻き直す時に、投げ縄を作ってみたり、メガホンのアラーム音(数種類の音が出る)をいちいち試してみたり、組み立て式の担架に寝てみて、誰か持ち上げ手くれる人を探したりしている。
  みんなのじゃまばかりしているので、一人で懐中電灯の点検をしてもらうことにした。「一個一個この電池を入れて、電球が切れていないか確かめてくださいね」といって、振り向くと、すでに、懐中電灯を顎の下にあてて、白目を剥いている副理事長。不覚にも「びくっ」としてしまった自分に腹が立つ。「ははは…じゃ、お願いしますね」と言い残し、僕は備蓄品の目録を更新する作業に取りかかった。

「防災倉庫」と言うと、災害時の食料が保管してあると思っている人も多いだろうが、実は食べられるものは、ほとんどない。防災訓練の時に配布した保存食の残りが少しある程度だ。696世帯の食料を備蓄できるほどのスペースはないためだ。各戸にカンパンや長期間もつ飲料水を配布している他近隣団地の事例もあり、自治会では繰越金の使い道として、住民の防災意識を高めるきっかけづくりに、そうしたことを行うのもいいかもしれないと検討しているらしい。作業をしながら、広報担当が、「取り合えず、防災倉庫に備蓄されているものを広報誌に載せ、各戸で必要な食料やおむつ、常備薬などは、自分で備えなければならないと周知しましょうか」と提案し、消防設備会社の人が「平均的に必要といわれている食料の量や備えておくと便利なものなどの一覧がありますのでお持ちします」と言う。自治会長が「防災訓練の時に、集会場で展示予約販売なんてできないのかしら?」と聞くと、消防設備会社の人は「来年に間に合うようにご提案します」と答えている。なんだか、みんな防災意識高いぞ!僕は、自宅の押し入れの奥に押し込んだまま、何を入れたかすら思い出せない我が家の非常持ち出し袋が、無性に気になり出した。備えあれば憂いなし。我が家の、危機管理もしっかり行わなければ!

僕たちが、そんな建設的な話をしている頃、困ったちゃんの副理事長は、倉庫に人が入ってくるたびに、例の懐中電灯おばけをやってみせていたらしい。若い奥さんなどは「きゃっ!」と驚いてくれたりしたらしいが、ある女性に「遊んでないで、働きなさい」と真顔でいわれてしまったと、しょげていた。

副理事長!ひょっとして、その女性とは…僕の奥さん(元小学校教諭)じゃないですか?

■このコンテンツは、NBS取引先の管理組合、自治会の理事・役員の方のアドバイスを受けて制作しています。物語はフィク
  ションであり、より内容の濃い情報を提供するため、理事の活動をデフォルメしています。ご了承ください。