NBSの連載小説 第三弾    僕シリーズについて

Episode 11 湖畔の再会

 湖畔の朝霧が日光に温められて、空気に溶けこみはじめていた。真冬の湖面を超えた風も重度の二日酔いの僕にとっては、むしろ清々しかった。
それにしても昨夜の宴会は凄かった。仕事納めからの忘年会、その足で社員旅行に突入。会社の保養施設であるハーヴェスト・クラブの富士五湖近くのホテルで大いに盛り上がった。
 社員旅行は自由参加だが、事務方の女性陣も結構来ていて、その年あった面白かったことを数え上げては、爆笑していた。もちろん僕の話題もチラホラあり、そのほとんどが失敗談だった。こうして笑ってもらうことが、みんなの許しであり、やさしさなのだとわかっているから、僕も上機嫌で笑い、時々ボケをかましつつ、つい杯を重ねてしまった。

 お開きの頃の記憶を失ったまま、白々と明けはじめた窓に誘われ目覚めた僕は、先輩たちのイビキがこだまする部屋を出て湖畔に散歩に出た。僕が転職を決めたあの寒い夜から一年が過ぎていた。
 この一年間で、僕は会社を辞め、父親となり、NBSに就職して国家資格を取得し、消防設備士になった。そうそう、4Kの49型液晶テレビも買ったし、赤ちゃん連れで移動する嫁のために1500CCの中古車も買った。僕の人生が、急速に動き出した一年だった。

 「ねえねえ!こっち向いてよ~♪」
 望遠レンズをつけた一眼レフのデジカメを構える女性が、防水のサロペットを履いて太ももあたりまで水に浸かってフライフィッシングをする男性に鼻声で声をかけている。男性はふざけて尻を突き出したり左右に振ったりして、女性を笑わそうと試みる。しかし、女性はガチのカメラマンらしく、動じないでシャッターチャンスの一瞬を脇を締めて待っている。
 「ちょっと右向くだけでいいからぁ」
 女性の声にゆっくり右を、すなわち僕の方を向く男性と僕の目が合った。
 「!!!!!!」10秒後僕らは水際で手を取り合っていた。
 男性は、前職の先輩だった。

 この一年、先輩の人生も大きく動いていた。
 社長は、体を壊し余命宣告を受けて仏教に傾倒、会社をそれぞれの事業のトップに潔く引き継いで出家してしまったとのこと。先輩は代表取締役となり、前社長の法外な取り分の分だけ社員を増やして、順調に会社を経営しているとのことだった。そして、仕事で知り合ったカメラマンの彼女と入籍したばかりだと言う。
 「僕、戻ってこないか?」
 僕の一年を先輩に話す前に、先輩が切り出した。「今なら、お前がやりたかったことも無理なくできるぞ」と。


 「20m、20m、20m…」
 図面に鉛筆で丸を描いていく。消火器を設置する場所を決めているのだ。
 「いいか?僕。消防法の基準を満たすだけじゃだめなんだ。もし、この建物に火災が起きたら、どんなかたちで初期消火が行われるべきなのか、よく考えて設計するんだ」
 先輩のアドバイスを胸に、慎重に設計を進めた。
 案件は、以前工事の手元を担当した新築のマンション。新年早々、消火器設置場所の設計と消防署への届け出を任せてもらえることになったのだった。
 「20m、20m、20m…」
 図面上に線を引くのでは実感がわかず、僕は何度も現場に足を運んだ。消火器設置の間隔である20mに切った紐を持って…。まだ誰も住んでいない建物で、人の生活をイメージしていく作業を通じ僕は、NBSの仕事の一番大事な部分に触れた気がしていた。



■このコンテンツは、特定のスタッフを描いたものではなく、全員の経験をもとに書き起こしたフィクションです。NBSの社風に関しては、かなり忠実に描いています。