NBSの連載小説 第三弾 僕シリーズについて
Episode 3 3度目の就職活動
先輩とおでんを食べた夜から程なくして、僕は会社に辞表を出した。
「えー!冗談やめてよぉ!」
社長は、大げさに目を見張り、両手を大きくあげて振り下ろし、ニカッと笑った。封筒の中身を見ようともしない。
彼の顔には、大抵いつも満面の笑顔が張り付いているが、まったく感情を読み取ることができない。要するに、筋肉運動として「笑った顔のかたち」になっているだけで、おかしさや楽しさ、幸せを感じて笑っているわけではないのだ。
「今担当している仕事のケリが来月末につくので、そのタイミングで辞めさせていただきます」
社長は、業界とその関連の会社をいくつか経営し「青年実業家」と呼ばれているが、ほとんどは買収したもので実際の仕事はそれぞれの現場の責任者に任せている。利益以外のことにはまったく関心がなく、どんなに現場の窮状を訴えたところで返ってくるのは「任せる」の一言のみ、ただし売上目標を下げることは決して許されなかった。
「先輩や後輩たちがかなりキツイ状況です。もっと現場を見てください」と言葉を続けたが、社長は表情のない笑顔のまま裸足で履いているローファーをペタペタ鳴らして行ってしまった。それが、4年間働いた会社のボスとのさよならだった。
年が明け、担当している仕事をなんとか片付けて、予告どおり僕は会社を辞めた。
もうすぐ子どもが生まれる身、一刻も早く次の仕事を見つけなければならない。求人誌をごっそり買って、めぼしい仕事が掲載されているページに付箋をつけては、面接のアポイントを取っていった。
人生で3度めの就職活動。1度目は大学4年のときで、なんとなくみんなと同じように手堅い大手企業を選び内定を取り付けた。その会社の事業や職種より、規模やネームバリュー、評判、そして待遇を優先しての就職だった。2度目は「なんとなく」就職した大手企業の仕事に、意欲を失うごとに膨む業界への夢を叶えるための就職活動。そしてまた、僕は、規模・ネームバリュー・評判・待遇を優先して仕事を選ぼうとしていた。
しかし、人生はそんなに甘くない。面接まではこぎつけても話が噛み合わない。資格も経験もない僕は、ただ「がんばります」「一生懸命やります」「体力には自信があります」と、新卒のあのときと同じような言葉でしか、自分をアピールできない。
ある面接官は、片側の頬で薄く笑いながらこう聞いた。
「ところで僕さん。なぜこの職に、あなたが相応しいと思われたのでしょうか?」と。
■このコンテンツは、特定のスタッフを描いたものではなく、全員の経験をもとに書き起こしたフィクションです。NBSの社風に関しては、かなり忠実に描いています。