NBSの連載小説 第三弾    僕シリーズについて

Episode 6 はじめての現場

 嫁にクスクス笑いのネタにされた翌日、僕は早めに出社して作業服に着替えた。やっぱり様にならない。作業服に着られている感じがして落ち着かない。
 先輩たちは、僕の姿を見るとニヤリと笑い、「いいじゃん」という表情を見せてくれる。家から着がえてくる人も多く、まるで第二の皮膚みたいに作業服に馴染んでいる彼らに囲まれると、ますます自分の格好が浮いているように感じ、緊張感が高まっていく。
 この日は、雑居ビルの点検が入っており、僕は真新しい作業服姿で現場デビューをするのだ。
会社から支給された春夏用作業着は、長袖ブルゾン2、長袖シャツ2、半袖ブルゾン3、ズボン3本、ポロシャツ4枚で一式。「なんでこんなに必要なのか」と思ったが、その理由を僕は後日身を持って知ることになる。加えて、先輩たちがアドバイスしてくれた「サイズは大きめにしておけよ」の意味も…。

 NBSの技術員は、朝軽く打ち合わせをし、チームに分かれて現場に向かう。車中では、先輩たちのボケとツッコミを交えながら、手順確認や注意事項の再確認が行われる。そこに、緊張で身の置き場のない僕を笑わせるというアドリブが入る余裕っぷり。しかし、その和やかさは、駐車場までだった。車を降りた先輩たちは、さっきと別人かと思うほど引き締まった表情となり、建物内では言葉少なに、次々とこの日の点検業務を進めていく。一体どうやったら、こんな風に静かに早く動くことができるのだろう。
 僕は、消火器を点検する先輩についてまわり、手順を見て説明を聞いた。何しろはじめてであるうえに、業務の進行を妨げないようにしなくてはならない。とにかく頭を最高速で回転させて、理解し、覚えようようと試みる以外、僕にできることはなかった。

 「やばい…わからなすぎる」
現場から帰ってきた僕は、呆然としていた。一度にたくさんのことを見たり聞いたりした脳みそがジーンとしびれている。たくさん歩いて、足も体も疲れているが、それよりも頭の疲れに焦りが足され、僕は初日にして大きく自信を失っていた。
 「あ、僕くん。これ、俺が書いた教科書」
 「教科書?」
 渡されたのは、消防設備士「乙種6類」の資格試験のテキストだった。著者名に社長の名前が書いてある。
「この資格を取れば、今日現場でわからなかったことがわかるようになるよ。試験は2ヶ月後だから。みんなも協力してやってね」社長が声をかけると、それぞれオフィスのいろんな場所で仕事をしていた先輩たちが「はい」と返事をしてくれた。
まさかこんなに早く資格に挑戦させてもらえるとは…。
 「乙種6類」は、消火器を扱うための資格。社長は、「消火器は初期消火に欠かせない設備であり、もっとも重要な火災の備えである。火災の現場を想定して点検にあたるように」と、心得を語ってくれた。それから、毎日現場のアシスタントをしながら、点検を見てまわっては、帰社後先輩に試験勉強を教えてもらう日々が続いた。
 現場で見て、勉強で理解する。そんな繰り返しの中で、少しずつ設備の理解が深まっていったが、試験問題には計算や実技もあり、文系頭の僕が合格できるのか、不安を抱えながら試験日がせまってきていた。


■このコンテンツは、特定のスタッフを描いたものではなく、全員の経験をもとに書き起こしたフィクションです。NBSの社風に関しては、かなり忠実に描いています。