NBSの連載小説 第三弾    僕シリーズについて

Episode 8  はじめての失敗

 完全に迷子になっていた。
 迷子になっているのは、僕ではなく消火器だ。
 この日の現場は広大な倉庫で、消火器が設置されている場所は、図面に示されているのに、あと1本がどうしても見つからない。僕は何度も何度も、周囲をぐるぐる回りながら、集合時間に遅れていることを焦っていた。

「僕、どうした?」トランシーバーを通じて先輩が聞いてくる。
 「あ、ありません!」
 「何が?」
 「消火器がです!」
 ほどなくして、先輩が僕の所へやってきた。
 先輩は、行方不明になっている消火器が置かれていたはずの場所を確認すると、その場所に立って、ゆっくり周囲を確認し始めた。立ち位置をずらして視点を回転させながら、見る範囲を床から上方に少しずつずらしていく、「!」先輩の目が止まる。視線の先は、大きな棚の最上段、その上に積まれた荷物の影に消火器があった。
消火器の設置場所は、
・通行又は避難に支障がない場所に設置すること
・必要時にすぐに持ち出せる場所に設置すること
・床面から1.5メートル以下の場所に設置すること
とされている。だから、その基準通りの場所しか見ていなかった僕の視点は、ずっと下に向いていた。
   先輩は、さっと消火器を取ると、僕に渡しながら、「消火器が自分で動くことはない。場所を変えるのは人間だから、人がやりそうなことを想像すると見つかるぞ」と教えてくれた。

 「僕さん聞いてる?」
 「はははは、はい!」
 今、僕を叱っているのは、事務方の長、消防設備士の資格は特類まですべてを網羅、電気工事士、一級施工管理技士、一級建築経理など、すごい資格をたくさん持ち、現場経験も多い大先輩だ。
 「消火器が見つからなくて、時間に戻れないなとわかったら、早めに相談すべきだったでしょう?なんのためにトランシーバー持っているの?」「経験が浅い君が、消火器を見つけられないことは、なんの問題もないのよ。そのことを共有できないことが問題なの」「あの時、僕さんがチームに頼れなかったことで、全員が待つことになり、結局その日の予定が全部ずれてしまったよね。私たちはチームなのよ。聞いたり相談したりすることを恐れないでほしいの。聞いてる?」
 「はい……」
 顔を上げることができなかった。前職では、担当した仕事を自分ひとりで抱え込んできた。不安や辛さを共有しないことが、カッコいいと思い込んでいた。言ったところで助けてくれる人も居ず、何も変わることがなかった。そうか、今、僕にはチームがいるんだ。誰かに相談できるのだ。

 「わかったら、この点検票を確認して。あなたの名前で出すから。プロの仲間入りだね。消防設備士さん」
 僕の涙の土手は、またも決壊しそうになって、慌ててトイレに駆け込んだのだった。


■このコンテンツは、特定のスタッフを描いたものではなく、全員の経験をもとに書き起こしたフィクションです。NBSの社風に関しては、かなり忠実に描いています。