NBSの連載小説 第二弾
Episode12 河豚鍋囲んで協議会(3月某日・晴れ)
4階のWEB制作会社の変わり者の女社長に、すごい防火管理者募集のチラシをつくってもらった上に、共同防火管理協議会の出席までとりつけた僕は、翌日意気揚々と第一回共同防火管理協議会である市内随一のふぐ料理屋に乗り込んだ。
テナントの各オーナーと協議する事項は、「共同防火管理協議会」と「協議事項」のキーワードで、我が社のマドンナがネット検索し、どこかの市の書式をダウンロードしてくれていた。親切なことに、書式には、協議会の名称、協議会の構成員(名簿)、協議会の代表者、協議会の事務局の場所などなど、その建物にあわせて決めるべきことがブランクになっていて、「消防計画」については、模範的なプランがすでに盛り込まれている。消防設備会社に相談しながら、この雛形から、駅前テナントビルには不必要な部分を取り除き、また、点検の時期など、必要な事項を盛り込み、ほぼ完成させてあり、協議会では、オーナーたちの承認を得ればいいようになっている。
定刻の6時に、駅前テナントビルの第一回共同防火管理協議会ははじまった。協議会の代表者は、我が社の社長、事務局は当然ながら我が駅前不動産、そして統括防火管理者はやっぱり僕と順調に進み、消防計画の役割分担もほとんどは、我が社ということになっているので、支障なく承認を得ていった。ただし、各階の地区隊長は、テナントさんにお願いする必要がある。テナントが1つしかない、地下と3階の塾は、そのままオーナーになってもらい、1階はわが社、2階はじゃんけんで負けた歯科の院長、4階は、WEB会社の女社長に「こういうのは年功序列よ!」と一喝されて設計事務所社長が引き受けてくれた。最後に、全員が「共同防火管理協議会規約」に署名してから、料理が出ることになっているためか、協議会はすこぶるスピードで終了し、あっという間にテーブルの上は、書類からふぐ刺しに。各自片手に持っているものは、ボールペンからビールのグラスに変わった。
和やかな談笑がはじまってしばらくして、1階のコンビニのオーナーが「しかし、防火管理者講習って、丸一日かかるんだって?お医者様がたとは違って、うちら、一個5円10円の利幅でやってるのに、丸一日バイトを遊ばせるってのも、正直痛いですよ」とぼやきはじめた。「医者がぼろもうけみたいなことを言うのは、やめてくださいよ。こっちも保険の点数減らされてキュウキュウなんですから。しかも、うちだってパートに時給払ってあげなきゃ行ってくれないだろうし…」と歯医者の院長がむきになって返す。「パートならいいじゃないですか、正社員行かすほうが、どれだけコストがかかるか!」と、設計事務所社長が息巻く。おいおいなんだか不穏な空気になってきたぞ~。
「本当にごめんなさいねぇ。」拍子抜けするような柔らかな声で、我が社の社長が口を開いた。「ひれ酒が遅くって…。ちょっとお姉さん”ひれ”まぁだ~?」生粋の遊び人である社長は、こうした空気を即座に変える技術に長けている。一同の脳裏にひれ酒をすする自分の姿が思い浮かんだところで、「こういうことは、本当は、ご入居いただくときにご説明しなくちゃいけなかった。反省しています。ここは、どうか私に免じて、ゆるしちゃいただけませんか?こうして、親睦会を開くきっかけになったことですし…」、そこでタイミングよくひれ酒が登場。「ああおいしい!集まって良かったわよね、マスター!」気をよくしたWEB会社の女社長が、バーのマスターに聞くと、マスターは塾のイケメン講師を見つめながら「イエス」とささやく。彼の目には、確実に「ハート」のカタチが浮かんでいるに違いない。「そういえば社長。白内障かもしれないっておっしゃってましたねぇ。」と、設計事務所社長に我が社の社長が話を振ると、「そうなんですよ~、実はね」と、設計会社社長は眼科医に相談をはじめた。同じような誘導で、いつも人手不足に悩むコンビにオーナーは、塾長に高校生バイト募集のポスターの貼りだしを交渉しはじめ、歯科医はわが社の社長にインプラントのすばらしさを力説しはじめ、あっという間に空気は再び和やかさを取り戻した。その後は、防火管理の話題がでることもなく、焼き河豚、空揚げ、河豚鍋を堪能。〆の雑炊を食べて、お開きになるころには、一同ものも言えぬほど満腹になっっていた。
翌日、僕は早速、駅前テナントビルの給湯室やトイレに防火管理者募集のチラシを貼り出した。
案の定、チラシのイケメンのインパクトは相当なものらしく、給湯室にもトイレにも黄色い声が飛び交っていると、我が社のマドンナから報告をうけた。
防火管理者は、本来、管理権限者(オーナー)が管理的な立場にある者をを選任するのが望ましいとされている。駅前不動産は、管理職の僕が、学習塾は、社員のトップが、地下のバーはオーナー自身が防火管理者になることになったので、問題はないだろう。設計事務所も、WEB制作会社も、なんとか協力してくれる…はず。しかし、パートばかりの歯科や眼科、バイトばかりのコンビニは、管理的な立場の者自体がいないのだから、「やる」と言ってくれる人なら、誰でもいいと割り切るしかない。しかし、パートやバイトで本当に、防火管理者なんて面倒な仕事を引き受けてくれる人がいるだろうか…。イケメンの塾講師の魅力を持ってしても、そう簡単にはことが運ぶとは、僕には到底思えなかった。
共同防火管理協議会規約とは
共同防火管理協議会を運営するための規約で、目的や組織、会長の責務、協議会の事業、統括防火管理者の業務、消防署への報告、会議の開催、経費の分担、構成員の協力などを明記するもの。共同防火管理協議会協議事項に盛り込まれる場合と、別紙で用意する場合がある。
■このコンテンツは、NBS取引先の不動産会社、防火管理者の方、テナントの方のアドバイスを受けて制作しています。
物語はフィクションであり、より内容の濃い情報を提供するため、防火管理者の活動をデフォルメしています。ご了承ください。