NBSの連載小説 第一弾

Episode 5  消防設備点検(5月某日)

思いがけないハプニングで、消防設備士と対面することになった僕。彼女は、「いたずらされた消火器は、点検をして、部品を交換して、薬剤を入れてきますので預かって行きます。その間はこちらを置いておきますね」と空の消火器を回収して、代わりの消火器を設置し、さらに他の棟のエレベーターホールの消火器の状態を確かめてから、帰って行った。「来月は消防設備点検があるので、よろしくお願いします」という言葉を残して。
 そして、月が開けた5月。連休翌週の母の日に、消防設備点検の打ち合わせを行い、点検2週間前のある日、僕は自分のポストに「消防設備点検のお知らせ」というレターを発見。同時に貼り紙が全棟の掲示板に貼られていた。僕が会社に行っている間に、消防設備点検の会社の人が入れて行ったものだ。「うむ。予定通りだな」とちょっと偉そうにつぶやいてみたりする。
消防設備点検は、5月の最終週の土曜日を初日にして、木曜日までの6日間で行われることになっていた。


雨男の僕には珍しく、当日は、すかっと晴れた5月晴れ。朝のさわやかな空気の中。6人の消防設備士たちが、僕のマンションにやってきた。

土日は集中して室内の点検を行うことになっている。打ち合わせの時知ったことだが、最近建てられたマンションなら、どの部屋にも火災報知器がついているが、僕の住んでいるような古いマンションには、特例措置として、10階以下の部屋には、火災報知器がついていない場合がある。ところが、消防法の改正で、既存住宅も全て2008年までに、火災警報器を設置することが義務づけられたそうだ。年間計画の検討事項にあった「住宅用火災警報器設置について」とは、このことなのだ。僕の部屋は11階なので、台所、リビング、寝室、押し入れにまで報知器がついている。同じマンションでも設備に違いがあることに、なんだか違和感を感じる。ついていない部屋が多いと言っても、11階建てが4棟、14階建て2棟あり、室内点検が必要な部屋数は96戸。また8階建ての2棟の角部屋には、ベランダに避難はしごがついていて、24戸を訪問しなければならない。時間指定をしてくる家もあり、予定表には、その日巡回する部屋番号がびっちりと書き込まれ、見ていると車酔いしそうだった。
 室内の点検は、主に女性消防設備士と爽やか系の若者が担当。僕は室内に入る訳にも行かないので、共有スペースの点検について回った。消火器点検では、消火器の外観をチェックし、一本一本持ち上げて
逆さにして揺すって、消火器になにか記入している。逆さにして降ることで、中の薬剤が固まったりしていないかわかるのだそうだ。怪しげなものは、車のところへ持って行き、分解して、各箇所の機能の確認・薬剤の詰替・部品の交換を行う。これが駐車棟を含めると100本ある。何本か見ているうちに飽きてしまい、今度は棒の先に銀色のお椀のようなものがついた器具を持っている人に合流した。これはあぶり棒というもので、感知器にかぶせて、熱や煙を当て、報知設備が正常に機能するか調べるものだそうだ。感知器の横にある小さな赤いランプが点灯し、管理室の受信機に、火災発生を知らせるランプがつけば、正常ということらしい。非常ベルを押して、ベルが鳴るか(又は不要な階で鳴らないか)確認したり、受信機と電話で話せるかなども点検する。
その他にも誘導灯や、屋内消火栓、連結送水管などの点検を一通り見せてもらった。本当は、この日の予定になかったものまで、点検して見せてくれているのだと、僕は途中で気がついた。おかげで、僕の消防設備の知識は、急激に増えて行った。

夕方になり、今回の点検の責任者から、僕の携帯に連絡があった。「避難はしごの点検をしているんですが◯号棟の◯◯室まで来ていただけますか?」なにごとかと、行ってみると、困った顔の奥さんが、ベランダに通してくれた。ベランダの避難はしごは、蓋が錆び付いて、床のコンクリートまで染みをつくっている。聞けば最近雨が降ると、錆びた水が下の階に落ちて、洗濯物を汚すなど、苦情が来ているそうだ。今年度の検討事項のもうひとつ「避難はしごの改修について」とは、このことだったのか…。蓋を開けると、わずかながらはしごを固定している部分にまで錆の浸食がはじまっている。「まだ、なんとか不良にはなりませんが、次回は不良を出さざるを得ないかもしれません」と消防設備士が僕に告げる。「不良」というのは、消防署に提出する点検報告書に、記載される点検結果で、不良の設備は早急に改修しなければならないらしい。デジカメで何枚か写真をとり、
消防設備士に改修のプランを依頼。この改修と住宅用火災警報器、2つの検討事項がすったもんだの議論に発展することになることを僕はまだ知らなかった。

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