NBSの連載小説 第一弾

Episode 12 避難はしご改修(10月某日)

「備えあれば憂いなし」は、地震対策だけでなく、火災対策にも言えることだ。春の点検で、錆が進んでいる避難はしごの状態を確認して以来、僕は、火災が起きたりしなければいいがとびくびくしていた。点検では錆び付いて使えないというほどではなかったが、あれから数ヶ月、梅雨も超えてもっとひどくなっているだろう。8月の説明会で住民の理解も得られ、その後工事の計画が確定、該当住居との調整後、9月の終わりからやっと改修工事がはじまった。避難はしごは、ベランダの床に埋め込まれているように見えるが、はしご自体は埋め込まれているのではなく、ベランダに開いた穴に溶接された枠に「はめ込まれて」いる消防設備だ。さびさびの装置を外し、枠を塗装し直し、その穴のサイズに合わせて作った避難はしごをはめて行く。今度は錆びにくいステンレス製の避難はしごだ。
工事が完了し、確認に行ってみると、以前とは全く違う新品の避難はしごが、安全を物語るように、ぴかぴか輝いていた。消防設備会社によると、以前は錆びて汚くなったはしごを隠すため、人工芝などを敷いてしまっている家もあり、その部分だけ、芝をかぶさないように理解を得るのが大変だったそうだ。改修工事をきっかけに、住民がベランダを片付けてくれたおかげで、避難に障害になるものも一掃されたとのこと。
住民の奥さんも、僕に抱きつかんばかりに、いやそれほどでもないけど、大層喜んでくれ、僕は心からよかったと思った。そんな気持ちの高揚からか、僕はとんでもないことを口走ってしまった。「これ、下りてみていいですか?」と。実は、昨日課長から、実体験の大切さを教えられたのだ。「君たちは、ライバル会社の業績や製品の性能なんかをよく口にするが、その製品を実際に使って比較しているのか。お客さまの視点を理解するには、実際に体験してみることが重要」そのアドバイスをこんなところで、発揮しなくたって!言い出した以上、後には引けない僕。下の人に断った後、消防設備会社の人が先に下りて、僕が後から下りる。細いはしごは思ったよりしっかりしていて揺れることもなかったが、天井からベランダの手すりまでの無防備な空間が、やたらと怖い。落ちたとしても、一階下なのだが、ついベランダの外の地面を意識してしまう。階下のベランダに到達したときは、手のひらにじっとり汗をかいていた。

火事のニュースでは、よくビルから下りられず、窓やベランダから助けを求めている姿が映し出される。救助を待ちきれずに窓から落ちる悲惨な映像を見たときもある。平常時に下りれば冷や汗ものの避難はしごも、災害時には生き残るための救いのドア。そんなことが、リアルに感じられ、防災担当理事として、ちょっと成長したような気持ちがした。
課長!業務外ではありますが、やっぱり、実体験は大事でした!

■このコンテンツは、NBS取引先の管理組合、自治会の理事・役員の方のアドバイスを受けて制作しています。物語はフィク
  ションであり、より内容の濃い情報を提供するため、理事の活動をデフォルメしています。ご了承ください。