NBSの連載小説 第三弾 僕シリーズについて
Episode 5 はじめての作業服
面接のためJR京葉線の新浦安駅に降り立ったのは、3月の最終週だった。
路線検索をすると、僕が住んでいる東京の下町から西船橋駅を経由し武蔵野線で2駅。「所要時間22分」とあるのが信じられずに、2本早い電車に乗った。それでも、代官山にあった前の会社まで行く時間の半分もかからなかった。
「通勤時間の短さと幸福度は比例するんだっけ」そんなことをつぶやきながら、おしゃれな駅前広場を抜け、面接を受けるNBSへ向かう。駅からは徒歩5分とあった。途中、満開の桜の下で立ち止まると、風もないのに花びらがひとひら花弁から離れ、僕の肩に降りてくるようにとまった。その花びらをそっとスーツの胸ポケットに入れ、いつもより歩幅を大きくとって、歩みを進めた。面接へ、僕の新しい人生へ。
「頼むからそのクスクス笑いをやめてもらえないか」
さっきから僕の作業服姿に手を叩いてわらったり、写真を撮ったりしてはしゃいでいる嫁に真顔を決めてみる。声はもちろんドスを聞かせた低音だ。
嫁は、「アハハハ」とお腹をかかえ、涙を拭った。明日は「はじめての現場」。支給された作業着を試着した僕を見て以来、重症の笑いの発作に襲われているのだ。
そう、あの日の面接から数日後に僕は「採用」の連絡をもらい、4月1日からNBSに入社することができたのだ。
僕が入社したNBSエンジニアリング株式会社は、創業30年になる業界では草分けと言える設備会社。消防設備の点検・工事から事業をはじめ、現在では、電気・通信・空調・配管など、建物の設備全般を扱っている。
面接は、社長と幹部スタッフの2人で行われ、一方的に質問責めにあうというより、業界や仕事のことを説明してもらいながら、それに関する質問に答えたり、逆にこちらが質問したりする対話形式で進んだ。僕は、素直に未経験であること、業界について何も知らないことを告げ、これから勉強して行く意気込みを伝えようと懸命だった。
「ところで僕さん。なぜうちに?」
(来た!この質問ならば、自信を持って答えられる!)僕は、真っ直ぐに顔をあげて静かに答えた。
「息子に誇りをもって語ることができる仕事がしたいからです」
その言葉に、目の前の2人が同時にニッコリ笑ってくれ、僕も笑い返す。この業界の仲間に入れてもらえたような感覚になった瞬間だった。このときNBSに採用されなかったとしても、僕はきっと、消防設備士になるための努力を続けていただろうと確信している。
入社時には、雇用契約書や誓約書など、きちんと文書化された取り決めがあり、人を雇い入れる正しい体制があることを強く感じた。当たり前かもしれないけれど、以前の某業界の会社は、そういうものがなかったし、もしもあったとしても、守られることはなかっただろう。
そして給料は、前職を大きく上回り、週休2日で子育てに参加できるのもありがたかった。
■このコンテンツは、特定のスタッフを描いたものではなく、全員の経験をもとに書き起こしたフィクションです。NBSの社風に関しては、かなり忠実に描いています。