NBSの連載小説 第一弾

Episode 18 次年度へのバトン(3月某日)

今年度最後の点検「連結送水管耐圧性能点検」が終了し、これで、無事僕の理事の仕事が終了した。 と思ったら、管理組合理事の仕事は、そんな甘いものではなかった。そう、次年度の計画をたて、引き継ぎの準備をする恐怖の作業が待っていたのだ。今年僕が、はじめて理事になったのにも係わらず、なんとか仕事をこなしてこれたのも、前任の理事が計画をたて、引き継ぎ書を残しておいてくれたおかげだ。住民の安全を守るためのバトン。それを送るのが、実はもっとも大事なことなのかもしれない。
計画書は、住宅用火災警報器の全戸設置、高輝度誘導灯の順次入れ替えなどを、通常の保守点検計画に盛り込んで、理事会に諮り
承認された。これは、4月の管理組合総会で住民の承認を得た後、実行に移されることになる。
時間がかかったのは、引き継ぎ書だ。この1年僕が得た知識は、きっと次年度以降の理事にも役立つはず。専門用語や法令関係のことをどうわかりやすく伝えるか。「漫画は日本が誇るコミュニケーション文化だ」と確信している漫研出身の僕は、迷いなく”漫画”で伝えることを選んだ。

それからは、毎日夜な夜な机に向かい、漫画を書き続けた。締め切り寸前には、もう一時の井上雄彦か僕かという勢いで、描いて描いて描きまくった。あ…はい?井上雄彦知らない?すいません。軽く読み流してください。知りたくなった方は、こちらをどうぞ(wikipedia)。
そしてついに原稿が仕上がったその夜、達成感で目を潤ませながら、表紙を惚れ惚れとながめていると、よちよち歩くようになった赤ちゃんが僕のそばにやってきた。歩きはじめるということは、脳の発達に大きな影響を与えると「漫画で読むパパの子育て」という本で読んだことがあるが、歩きはじめてしばらくすると、赤ちゃんは急に単語を発するようになった。人の進化の歴史をたどっているようで、子育ては実に興味深い。赤ちゃんが発する言葉は、「ママ」と「まんま」、「あい(はい)」、「あれ~(奥さんの口癖・使用例「あれ~どうしてスナックのマッチがポケットにはいってるのかな~?」「そそそれは」)」くらいだが、話はじめのかわいい声で呼んで欲しい僕は、このところ「パパだよ。パパって言ってごらん」としつこく訓練していた。この日も、「あれ~」と言いながら近づいてきた赤ちゃんに「パパだよ。パーパ」と声をかけてみる。「あれ~」「パパだよ」「あれ~」「…」子育ては忍耐だ。
パパと言う言葉の刷り込みをあきらめて、赤ちゃんを抱き上げた瞬間。赤ちゃんが、笑いながら新しい単語を発した。

「え? なに? なんだって?」

「ぼくしゃん」

「は? はい?」「ぼ く しゃん」。
振り向くと奥さんが、腹を抱えて笑っていた。
「この1年、あなたが、赤ちゃんの前で、いかに『僕さん』と呼ばれていたかということね。あ~おかしい」奥さんの大爆笑につられて、ケタケタと笑いながら「ぼくしゃん」を連発する赤ちゃんを、僕も笑いながら、ちょっとうれし涙を流しながら、ぎゅっと抱きしめたんだ。

■このコンテンツは、NBS取引先の管理組合、自治会の理事・役員の方のアドバイスを受けて制作しています。物語はフィク
  ションであり、より内容の濃い情報を提供するため、理事の活動をデフォルメしています。ご了承ください。