NBSの連載小説 第一弾
Episode 8 住民説明会(8月某日)
僕は、あまり人に聞かれたくない過去がある。そう、それは学生時代のサークル活動。別に恥じている訳ではないが、あまりにマイナーだし、言えば必ずといっていいほど、「もしかして、オタクだったんですかぁ?」などと無邪気に聞き返されたりする。そう僕は漫画研究会、略して漫研に在籍していた。漫画がどうしてオタクなんだ。「コスプレとかしたんですかぁ?」なんて、偏見でしかない質問にはもううんざりだった。しかし、学生時代に鍛えた漫画の腕が、意外にも理事の仕事に役立つことになった。
忙しい夏だった。錆が浸食した避難はしごの改修と住宅用火災警報器の設置を、積み立ててある管理費で行うことになり、住民説明会用の資料を作るのが、大変な作業だった。第一、今年はじめて、防災担当理事になった僕は、消防法のことすらろくに知らない。その上、管理組合の規約というものを読んだのも初めてだ。規約によれば、ベランダは、住民に所有権があるものではなく、使用権のみがある。したがって、共有部分にある避難はしごは「住民みんなの設備」であるという確認ができた。よく考えてみれば、その家の人だけが避難に使用するわけじゃない。そのことをみんなに理解してもらえるように、僕は漫画を使い、わかりやすい資料を作りあげた。
住宅用火災警報器については、消防法の改正によって設置が義務づけられること、それにより火災警報器を設置する工事が各地で行われていること、公団住宅や他の大規模マンションの事例、火災警報器を設置することによりいかに建物の安全性が向上するかなどを、まとめた資料を消防設備会社が用意してくれた。
資料もほとんど揃ったある日、僕は消防設備会社から、1本の電話をもらった。電話の向こうの女性の話に僕は一瞬耳を疑った。
「今回の工事なんですが、当社だけではなく、他社のお見積もりを取られた方が良いと思ってご連絡しました」なんですと?他社の見積もりを取れって、普通はすすめないでしょう。「いえ、他社と比較していただいて、本当にうちがベストなのか、ご納得いただいた方が、僕さんも、やりやすいのではないかと…」。なんたる自信。僕は一種の感動を覚えた。言われるがままに、他の設備会社をインターネットで調べ、2社から同様の見積もりを取ったが、1社は話にならないほど高く、もう1社は工事費はとんとんだが、説明に来た担当者が営業トークはうまいものの現場のことをよく知らず、不安が残った。結局、理事会でも、相見積もりをとった結果、これまでの消防設備会社に頼むことが決まり、その議事録も公開された。
資料は事前に各戸に配布され、説明会当日を迎えた。言うまでもなく天候は雨。にも係わらず、総会よりも多くの住民が会場の公民館に集まった。意外だったのは、電車の中で僕に文句を言って来た斜め上の階の人が、姿を見せなかったことだ。「文句を言う人というのは、そういうものだよ」理事長が、悟りきった顔で言う。
斜め上の人の抗議から、一時理事会ではすったもんだの大議論が起きていたが、住民はいたって平静だった。まず、僕が、ベランダの避難はしごの状況や、火災警報器をなぜ設置するのかを説明。消防設備会社の人が、工程や機種の説明をしてくれた。
ベランダが使えなくなる期間や、警報器の種類などの質問が、ぱらぱらと出た程度で、説明会は無事終了。きっと僕の作った資料が役立ったに違いない。うんきっとそうだ。
■このコンテンツは、NBS取引先の管理組合、自治会の理事・役員の方のアドバイスを受けて制作しています。物語はフィク
ションであり、より内容の濃い情報を提供するため、理事の活動をデフォルメしています。ご了承ください。