NBSの連載小説 第一弾

Episode 7 理事の喜び理事の苦しみ(7月某日)

このマンションに引っ越して以来、地元に友人が全くいなくなった僕だが、理事になっったことで急速に顔見知りが増えた。ゴミ捨てなどに行くと、理事仲間の奥さんや自治会の役員の奥さんたちに、親しげに声をかけてもらえる。今まで気がつかなかったが、家のマンションには結構美人が多い。たぶん、知らない人への儀礼的な挨拶と、僕と認識している親しげな挨拶では、表情が違うのだろう。みんな魅力的に見えてしまい「●●さんの奥さん、感じいいよな~」などと、食卓でつい話題にし、僕の奥さんから「鼻の下伸びてるわよ」とからかわれたりする。
かくいう彼女も、理事つながりでママ友仲間ができ、買い物だランチだと、友好関係が広がったうえに、母親業ウン十年の顔見知りもでき、はじめての子育てを安心して行える安心感からか、以前より生き生きとママライフを楽しんでいるように見える。

理事になることの利点は、きっと、こんな風に地元に顔が広がり、地域の中に居場所ができることなんだろうと思う。
 

 そんなささやかな理事のヨロコビを実感できるようになったある日、僕は理事の苦しみを知ることになった。

 それは、朝の電車の中でおきた。前から同じ電車に乗ってる、僕の斜め上の階の人が、いつもは会釈をかわすくらいなのに、僕に話しかけてきたのだ。
 「防災担当理事の僕さんだよね」”さん”がついてはいるが、呼び捨てにされたような印象を受ける強い口調だった。
「はぁ、そうですが…」、「消防設備のあれね。この間広報にのってたやつ。あれはおかしいよ。自分とこについている設備だろ。自分で改修するのが当たり前じゃないかっ」、「避難はしごのことですか?」、「そう、それに火災警報器。あれだって、自分の家の中のもんだろが。なんで、自分の家に火災報知設備がついている家も負担しなきゃなんないんだ。え?」斜め上の階の人は、どうしても納得がいかないらしく、僕に息巻く。「いや、新たにお金をいただくわけじゃなく、積み立ててある管理費でやりますので」迫力に圧倒され、言い訳がましい返事しかできない自分が情けない。「管理費だって、間接的な負担だろ!」、まずい、余計に怒ってしまった。

元から火災報知設備がついていない家を買ったのも、避難はしごがついている家を買ったのも、その家の責任だから、管理費で負担するというのがおかしいという論法だった。そして、そのおかしな決断を理事会に通した僕も非難に値するとまでは言わなかったが、それと同等以上のダメージを僕に与えて、彼は電車を降りて行った。

 広報の限られた行数では、「消防設備はみんなの安全を守るみんなの設備」という理解をしてもらうのは、難しかったのだろう。斜め上の階の人と同じように考えている人は他にもいるかもしれない。理事になったことで、みんなの笑顔に囲まれているような気分でいた僕は、急に非難の目にさらされているような気分になった。無償で一生懸命やっているのに、よかれと思ったことが非難されるなんて、理事なんか引き受けるんじゃなかった…。そんな想いが一日中頭の中をぐるぐる回っていた。

その夜、理事長に今朝あったことを連絡。その週末、臨時の理事会が開かれ、来月住民説明会を行うことが決まった。消防設備の会社の人も、専門家として説明に来てくれることになり、僕はやっと不安から立ち直ったが、家の中でふと斜め上の天井を見上げてしまう癖は、しばらく直らなかった。
 7月に入ったある日、僕は、ちょっとしたできごとで、電車の中の事件から完全に復活することができた。エレベータを待っていた僕の後ろで、井戸端会議をしていた知らない奥さんたちの声が耳に飛び込んで来たのだ。
「あれ~、この消火器入っている箱きれいになったよね~」、「こんな色もあるんだ~」、「壁と同じ色だから存在感なくていいよね~」、「家の棟もこうなるのかな~」そんなたわいのない会話。それが僕にすごい元気をくれたのだ。
僕は心の中でそっとつぶやいた。「そーでしょう、そーでしょう。僕が防災担当理事ってどーしてわかりました」と…。

■このコンテンツは、NBS取引先の管理組合、自治会の理事・役員の方のアドバイスを受けて制作しています。物語はフィク
  ションであり、より内容の濃い情報を提供するため、理事の活動をデフォルメしています。ご了承ください。