NBSの連載小説 第三弾    僕シリーズについて

Episode 14 ビデオ撮影

暑い日だった。僕は、午前中の点検現場から、一度帰社し、洗濯したての新しい作業服に着替えた。最初に作業服を渡された時、なぜこんなにたくさん着替えをもらえるのかと思ったが、今はその理由がわかる。消防設備は、人々の暮らしの身近な場所にあり、居室やオフィス、店舗内に入ることも多い、作業服といえど、それなりにきちんとしている必要がある。

また、「大きめにしておけ」と先輩が言った通り、入社時にはぶかぶかだった作業服も、傷んで入れ換える頃にはすっかりパンパンになり、今は更に1サイズ上を着ている。現場で食べる食事の旨さ、仕事を終えた後の嫁の手料理は格別で、前の職場時代は、嫁より体重が少なかった僕は、今ではすっかり貫録がついていた。

「課長。準備できました・・・僕さん!」

「あ!ああ、すぐ行く」

ロッカー室に声をかけにきた後輩に返事をする。この4月から課長となり、点検現場をまかされているのだが、まだ課長と呼ばれることに慣れていない。

  「次の現場には、ビデオ撮影が入るから、協力して欲しい。文化財もある施設だから、注意をするように」

カメラが入ると聞き、いつもより引き締まった表情で僕の話を聞く後輩たち。僕の背後にいる少年は、それよりもっと緊張した顔をしているはずだ。今日は、長男が夏休みの宿題のため、職場訪問にきていた。 撮影は、社長執筆の新しい4類消防設備士のテキストが、大手出版社から出ることになり、内容をよりわかりやすく説明するビデオをWEBサイトに掲載するためのもの。現場は、県内の寺院、本殿だけでなく、講堂や一般公開もしている宝物殿、庫裡(僧侶・職員の宿舎)もある。昨年大規模な改修と設備更新をしたばかりで、最新の設備が揃っていた。

「テイク5 スタート!!」カチンコはないものの、本格的なかけ声がひびく。撮られる側は緊張してカミカミになってしまい、無駄にテイクを重ねていく。

宝物殿から点検をはじめたものの、撮影に時間を取られ、時間がおしてきていた。

「90分ドキュメンタリーを撮るわけじゃないんだから、もうちょっとお手柔らかにお願いします」

「あ、そうか」

振り向いて照れ笑いを見せたのは、かつての職場の先輩だった。

今回の撮影場所は、その先輩が紹介してくれた現場だ。ちょうど点検会社を探しているということで、一石二鳥の案件だった。

撮影と点検が、終盤にさしかかった頃、本殿から、朗々とした読経と木魚を叩くリズミカルな音が聴こえはじめた。夕刻のおつとめが始まったのだろう。「もしかして!」僕は、撮影現場を離れ、その声の主の元に向かった。

 開け放たれた木戸から、読経している僧侶を見る。青々と剃り上げられた頭、だいぶ華奢になった肩、半眼を閉じた切れ長の瞳。一瞬人違いかと思ったが、じっくり観察すると確信が持てた。時折あとノリになってしまう木魚のリズム、必要以上に美しく手入れされた両手の爪、きわめつけは片耳のダイヤのピアスだ。 余命宣告からの闘病を乗り越え、修行を終えて生まれ変わった(はず)の、前職の社長との再会だった。

■このコンテンツは、特定のスタッフを描いたものではなく、全員の経験をもとに書き起こしたフィクションです。NBSの社風に関しては、かなり忠実に描いています。