NBSの連載小説 第一弾

Episode 15 屋内消火栓ホース交換(12月某日)

「屋内用消火栓」
と書かれた箱を目にしたことがある人は多いだろう。僕も自分のマンションや会社の廊下で、一日何度もその前を通る。でも決して近づかない。まともに見たりもしない。どちらかと言えば「存在にすら気がついていないですから。ほんとですから」という演技をしてまでも、意識するのをさけている。
実は、小学生の頃クラスの悪友から聞いた怪談話が、今もトラウマになっているのだ。

「あの箱の中にはね。着物を着た男の子が膝を抱えて座ってるんだって。その子は昔かくれんぼしたときにあの箱の中に入って、見つけてもらえずに、みんなに忘れられちゃって、夜になってお腹がすいて死んじゃったんだって。だから、いまでもずーっと友だちが見つけてくれるのを待ってるんだって。なかから『もういーよ』という声が聞こえても絶対に開けちゃダメだよ~」そんな話だ。
あ”~今思い出しても背筋が寒くなる。おおこわ。

だから、「屋内用消火栓ボックスの中のホースを取り替えます」という連絡が、消防設備会社からあったとき「は、はい!おまかせしますっ。仕事が忙しくて立ち会えません。本当です!」と即座に答えていた。 ところが、僕は、屋内用消火栓ボックスのことを、一刻も早く頭から消し去りたくて、日程を全く聞かなかったため、ある朝、会社に出かけるとき、もろに箱の中身を見ることになってしまったのだ。作業をしているのは、顔見知りの消防設備会社の人だ。立派な大人として無視して通る訳にはいかない。埃で煤けたホースが下がるほの暗い箱の奥を見まいとして、僕は無理矢理顔を天井に向け、「おはようございます。今日はいい天気ですね」と挨拶した。ちなみにその日は雨だった。しかも僕は傘を持っていた…。
消防設備会社の人は、不可解そうに「おはようございます」と返したあと、エレベータを待つ僕の前で、どんどんホースを抜き出して行く。ダメだ。見まいとしても見てしまう。結局、ホースが取り除かれた箱の中に、誰かが住んでいることもなく、ただ消火栓と配管、そしてホースをかけるフックが並んでいるだけだった。それでも僕の、消火栓ボックス恐怖症は直ることがなかった。たまたま、その日はいなかっただけかもしれない…。

この屋内用消火栓ホースの取り替えで、2006年に行う理事の仕事も一段落。平凡だが平和な正月を迎え、僕はカレンダーのおかげの長い休みを満喫していた。奥さんは、赤ちゃんを連れて里帰り中で、寂しくもあるが久々の一人の時間も悪くない。
誰に文句を言われることもなく、おむつ替えで中断されることもなく、僕の至福の休日の過ごし方、すなわち、ゴロゴロしながら、無駄にテレビのリモコンを切り替えているとき、消防設備会社の人(女性)から電話がかかってきた。
「新年早々すみません」(いえ、もう五日ですから)
「あの~僕さん。来週の土曜日ってご都合いかがですか?」(いや理事会がない週末は暇ですが)
「実は、ぜひごお連れしたい場所がありまして…」(は? はい?あの…僕?僕をですか?僕を彼女が誘ってる?マジでぇぇぇぇ?)

■このコンテンツは、NBS取引先の管理組合、自治会の理事・役員の方のアドバイスを受けて制作しています。物語はフィク
  ションであり、より内容の濃い情報を提供するため、理事の活動をデフォルメしています。ご了承ください。